こだわり?執着?軽やかに生きていく。

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「生きる」なんていう言葉が出てくると、
熱めのお風呂のお湯加減・・・。って感じでしょうか?

(北欧暮らしの道具店のインターネットラジオ「チャポンと行こう!」が大好きなのです。)




わたし自身のことで言えば、
ここ数年の間に両親がなくなり、それ以降は
とくに「過ごす」「暮らす」というよりも
「生きる」という言葉のほうが今の自分に近いような気がしてます。


生活すること、あらゆる時間を過ごすことって、
ぜんぶ自分の命をつかって「生きる」につながっているんだよなあ。

こだわりはあるけど、執着は手放したい

さて!
みなさま、いかがお過ごしでしょうか。

また今年もおうちでの自粛時間が長くなるかもと思うと、
わたしも、さらにさっぱりしたい気持ち大です。

いつもに増して出歩く機会もないので、
クローゼットに掛かっている服、もうほとんどいらないような
そんな錯覚すら出てくる・・・。
冬なんてアウターで隠れちゃうし。


このお皿。
「どうしてもこれがいい!」と、娘が自分で選んでいました。
毎日への貢献度が高いものって、やっぱりこだわりたいと思うし、
こだわれるとワクワクするだろうなあ。


かといって、
意固地になってさがす、というのも違ってて。


「いつか出会えるといいな。」


くらいのゆるさで待ってる感じがちょうどよくて、
わりと楽しいのです。
さんざんいろいろ失敗もしてきて分かってきた感覚。


出会えたらうれしい。

まだ出会えなくても楽しい。


思いつづけていると、
出会ったときに迷わないし、即決です。


かといって、
モノは壊れることも割れることもあるので
そんなのは、しょうがない!
それまで十分楽しませてもらったし、
そういうタイミングなのかなと思うだけです。


そんなこんなで、
この年末年始にお気に入りのカップとお皿を
続けざまに割ったり、割られたりしました・・・


何日かはショックだけど、
また違うものに出会えるんだな、というワクワクも感じます。

軽やかな関係で。



もしかしたら、
人間関係にも通じることがあるかもしれませんね。


出会った人たちみんなと
ずっと同じ距離感でいることは少ないし、
それが悪いことでも、冷たいことでもないんじゃないかと。
またつながることだってありますよ。
生きていれば。


出会って、はなれて。

それも静かに楽しめればいいよなあ。


わたしは人の多いところは苦手。
社交的でもないので、
友達や知り合いが多い人や、
周りをいつも明るくしてくれる人を見ると、
すごいなあ、と感心するばかりです。


わたしは、わたしなりのペースで。


もしそんな中で出会えたなら、
わたしなりの静かな沸騰温度を保ちつつ
その関係を大事にしたいと思っています。


軽やかに生きていきたい。


そんな今日は、母の命日です。
空に向かって、元気ー?と叫んでみる。

今日もこんな青空になるといいな。
いい一日を!

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