家事ができる実母との差/家事・片づけの悩みが解決?!

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「なんで、家事や片づけのこんなこともできないんだろう。」

そんな気持ちを持ってる人の基準とは?

心地よさが続く家をつくる、
暮らしと片づけのコーディネーター村仲なおこです。
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ここ最近、あることに集中していたら
ブログからちょっと離れてしまってました。

「集中できる」って、「環境」の力がとても大きいですよね。


・毎日過ごしている自分の家の中の環境。

・時間を生み出す、家事の仕組み化の環境。

・働く場所、人との環境。

・パートナーシップ


どれもこれも、環境が整って、自分の中の優先順位が決まってるほうが
スムーズにいくことばかり。


「環境を整えましょう。」なんてよく聞く言葉ではあるけれど、
実際にやってみようとすると、なかなかのエネルギーをかけないと
整えることができないですよね。
すごく体力も知力もいるじゃん!と、
遠い目になりそうな時もあるわけで・・・


そして、途中であきらめてしまったり、こんなもんよねと
無理やり受け入れなければ、なんて思ったり。


「整える」っていう行動には、必ず何かしらの基準が必要です。


その基準を疑ってみたことはありますか?


とかく、家事にまつわるアレコレの基準って
「自分の親がやっていたこと、言っていたこと」に
なっているかもしれません。


親たちがやっていたことが「普通の基準」になっていたら、
家事や片づけが得意な親のもとで育った子供は
その高レベルが基準になり、
できない自分に悲しくなってしまったり。
そして、その基準を満たそうとがんばる。

わたしの実母は、結婚してから厳しい姑との同居で
とても気を遣い、家事をしっかりこなし、
「がんばって」暮らしてたと聞きました。
しかも、頼りにしたい夫(わたしの父)は
結構長い間、週末帰ってくるだけの単身赴任生活・・・。
わたしなら泣いてます。
母も実際泣いていただろうな、と今なら分かりますけどね。



働きながらも、その「がんばってしっかりやる家事」を
毎日こなしていたので、
だからこそ生まれた工夫とか、その中での自分の楽しみとかも
見つけているように、子供の私からは感じていました。



なので、結婚して自分で家事をまわすようになったときの
わたしの基準は、自然に↑↑の「母のこなしていたレベル」に
なっていた!
こわい!(いや、こわくはないけど無意識に基準ができてるわけで)

わたしは、わたしの基準を作っていい。

そんな母から、
「こうすればいいのよ」「こうしなきゃだめよ」と
わが家に来てはお小言というかレクチャーというかを受けるたびに


「わたしはお母さんみたいにはできないなぁ」と
思っていたわけです。
母になった今は、もちろんそれが愛ある言葉だったと
十分に分かっていますが、当時は顔をしかめていたものです(笑)


そして、それができない自分に自分で少しがっかりするんです。


今は、分かります。


母の基準は、母がその当時を一生懸命に過ごしてできた基準なんです。


わたしが、それを継ぐ必要はないし、
わたしは自分が暮らしやすい基準を作ればいいんだと。


母が言いたかったのは、
「わたしに気持ちよく暮らしていてほしい」ということだったと
思います。



「なんで、家事や片づけのこんなこともできないんだろう。」


もし、そう思ってしまうことがあるとしたら、



気持ちよく暮らしていくために、
がんばってもいいし、
ほどほどでもいいし、
手放してもいい。


何を選ぶかは、自分で決めていい。


暮らしやすさの基準は、
「自分がどうしたいのか」で
遠慮なく決めていい!と思います。


自分と母は、違う環境で生きてきているし、
それぞれのその時間は大切で、
その時のがんばりを尊敬もしつつ、
でも別の基準で生きていっていい。


自分に合う片づけを学んでみようと思わなければ
それに気づけなかった!


そうは言いながらも、母が好きだったことは
わたしも好きになっていて
毎日の楽しみにもなっています。
親子って、不思議。
親子の関係は、人それぞれ。



では、また。




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